ビームエキスパンダー
レーザービームエキスパンダーは、コリメートされた入射ビームの直径をより大きなコリメートビームで出射するためにデザインされています。ビームエキスパンダーは、レーザースキャンニングや光干渉実験、リモートセンシングなどのアプリケーションに用いられます。現在のレーザービームエキスパンダーの光学的デザインは、既に確立された光学式望遠鏡の原理から発展したものです。このような光学的デザインは、無限遠から届く物体側の光線 (即ち平行光) がエキスパンダー内部の光学系の光軸に平行に入射すると、同じく平行光にして出射します。このことは、光学系全体では焦点距離が存在しないことを意味しています。
理論: 望遠鏡
宇宙空間内の天体など、元々は遠く離れたところにある物体を観察するために用いられてきた光学式望遠鏡は、屈折式と反射式の2つのタイプに分けられます。屈折式望遠鏡はレンズを利用して光を屈折または曲げるのに対し、反射式望遠鏡はミラーを利用して光を反射しています。
屈折式望遠鏡は、2つのカテゴリーに分類されます。ケプラー式とガリレオ式です。ケプラー式望遠鏡は、正の焦点距離を有する2枚のレンズで構成され、2枚のレンズの間隔を個々のレンズの焦点距離の和の分だけ離して配置します (Figure 1)。光源あるいは観察対象物体に近い方のレンズを「対物レンズ (Objective Lens)」と呼び、眼あるいは形成する像に近い方のレンズを「像側レンズ (Image Lens)」と呼びます。

Figure 1: ケプラー式望遠鏡の基本デザイン
ガリレオ式望遠鏡は、正の焦点距離を有するレンズと負の焦点距離を有するレンズ各1枚から構成され、2枚のレンズの間隔を同じく個々のレンズの焦点距離の和の分だけ離して配置します (Figure 2)。しかしながら、1枚のレンズは負の焦点距離を有するため、レンズ間隔はケプラー式望遠鏡のデザインのそれよりもかなり短くなります。なおレンズの配置間隔を決定するのに、個々のレンズの焦点距離の値を元に決定するのは、概算を求めるのには良い方法ですが、最も正確なレンズ間距離を求める際は、個々のレンズのバックフォーカス (後側焦点距離) の値を利用します。

Figure 2: ガリレオ式望遠鏡の基本デザイン
拡大力 (Magnifying Power; MP) 或いは望遠鏡の倍率の逆数は、対物レンズと接眼レンズの焦点距離を元に求められます。


もし拡大力 (MP) が1よりも大きくなる場合、望遠鏡による像は縮小します。反対に1よりも小さくなれば、望遠鏡による像は拡大します。
理論: レーザービームエキスパンダー
レーザービームエキスパンダーのデザインにおいては、対物レンズと像側レンズは逆向きの配置になります。ケプラー式ビームエキスパンダーのデザインでは、入射コリメートビームは対物レンズと像側レンズ間のあるポイントで焦点を結び、レーザーエネルギーが一点に集中するところがシステム内に存在します (Figure 3)。集光したスポットは、レンズ間の空気を熱し、本来の光路から光を偏向させ、結果的に波面精度を落とす可能性を生じさせます。そのため、大抵のビームエキスパンダーはガリレオ式デザインかそれを応用したデザインを利用しています (Figure 4)。

Figure 3: ケプラー式ビームエキスパンダー

Figure 4: ガリレオ式ビームエキスパンダー
ケプラー式かガリレオ式をレーザービームエキスパンダーに用いる場合、出射ビームの拡がり角度を算出できるようにしておくことが重要です。なぜなら、完全にコリメートされた理想的光源との差を理解できるからです。ビーム拡がり角 (θi & θo) は、入射レーザービーム径 (Di) と出射レーザービーム (Do) に依存します。

これで、拡大力 (MP) はビーム拡がり角かビーム径のどちらからでも求められるようになりました。


上記の公式を解釈すると、出射ビーム径 (DO) が増えると同ビームの拡がり角 (θO) が減り、またその逆も然りであることがわかります。そのため、もしビームエキスパンダーを通常の向きとは反対に配置してビーム径縮小用に用いると、ビーム径は確かに縮小しますが、拡がり角は反対に大きくなります。小さいビームにする代償は大きな拡がり角になるのです。
上記のことに加え、所定の照射距離 (L) での出射ビーム径の大きさも算出できるようにしておくことが重要です。照射距離 (L) における出射ビーム径の大きさは、入射ビーム径とその拡がり角の大きさから求められます (Figure 5)。

Figure 5: 所定の照射距離における出射ビーム径の計算

レーザーのビーム拡がり角は通常全角で規定されるため、上記公式ではθI/2ではなく、θIが用いられます。
ビームエキスパンダーは、入射ビームの大きさを拡大力の分だけ拡大させ、入射ビーム拡がり角は拡大力の逆数分だけ縮小させるため、公式 (4) と (5) を公式 (6) に代入することで次の結果が得られます。


アプリケーション実例
例1
上述のビームエキスパンダーの公式の活用例
初期パラメータ
ビームエキスパンダーの拡大力 = MP = 10X
入射ビーム径 = 1mm
入射ビーム拡がり角 = 1mrad
照射距離 = L = 100m
算出パラメータ
出射ビーム径

これを、ビームエキスパンダーを利用しない時のビーム径と比較する時、公式 (6) を用いて、

ビームエキスパンダーは入射ビーム径を所定の拡大力分だけ拡大させますが、拡がり角は反対に縮小させるため、長距離照射時ではより小さなコリメートビームを作り出す結果になります。
例2
長距離照射時のレーザービームの拡がり角度をビームエキスパンダーを用いて縮小させる際の理論例
ビームのコリメーションを改善するのに加えて、ビームエキスパンダーはレーザービームを一点に集光するのにも用いることができます。以下の表は、5X, 10X, 20Xの各々のビームエキスパンダーに対する一点集光性能のシミュレーション結果です。スポットサイズの大きさはマイクロメートルの単位で表され、632.8nm の発振波長で0.63mmのビーム径の入射ビームを用いて算出しています。また入射ビームのM2値を1にし、パーフェクトなコリメートビームを想定しています。
照射距離 | ビームエキスパンダーの拡大力 | ||
---|---|---|---|
5X | 10X | 20X | |
1.2m | 439.19μm | 219.63μm | 111.04μm |
1.5m | 559.62μm | 279.84μm | 141.47μm |
2.5m | 961.07μm | 480.54μm | 242.89μm |
5.0m | 1964.86μm | 982.26μm | 496.36μm |
10m | 3973.17μm | 1985.49μm | 1002.87μm |
補足: シミュレーション結果の1/e2 スポット径は、次の公式から算出しています: 2 x f/# x 波長 (f/# は作動Fナンバー)
エドモンド・オプティクスの製品ラインナップ
ガリレオ式望遠鏡デザインを応用したレーザービームエキスパンダー製品は、エドモンド・オプティクスの製品群の中からも見つけることができます。どの製品もレーザービームのコリメートと一点集光に用いることができます。TECHSPEC® He-Ne レーザービームエキスパンダーは、シンプルな2枚レンズ構成のデザインを採用し、負の焦点距離を持つレンズと正の焦点距離を持つアクロマティックレンズで構成されます。参考として、内部の光学素子の図解も紹介しています。
TECHSPEC® 広帯域用レーザービームエキスパンダーは、レンズ複数枚構成の独自のデザインを採用して長距離照射時のコリメートビームや一点集光ビームを作り出す能力を高め、従来のシンプルなレンズ2枚構成のデザインの性能を改善します。
TECHSPEC® ズームビームエキスパンダーは、倍率の変更を必要とするハイパワーレーザーアプリケーションに理想的です。λ/4の透過波面精度にガリレオ式デザインを採用し、最大限の透過率とゴースト像の最小化を可能にする高レーザー耐力の反射防止コーティングを採用します。
TECHSPEC® ローコスト YAG レーザー用ビームエキスパンダーは、価格を重要視するアプリケーション向けにラインナップします。レンズ2枚構成のガリレオ式デザインとYAGレーザー波長での回折限界性能を特徴とし、2Xから10Xまでの様々な拡大力のものを用意しています。試作やOEM実装用に最適です。
参考文献
- Greivenkamp, John E. Field Guide to Geometrical Optics. Vol. FG01. Bellingham, WA: SPIE—The International Society for Optical Engineers, 2004.
- Smith, Warren J. Modern Optical Engineering. 3rd ed. New York, NY: McGraw-Hill Education, 2000.