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超短パルスレーザーのLIDT

超短パルスレーザーのLIDT

本ページはレーザーオプティクスリソースガイドセクション3.6です

超短パルスレーザー (ウルトラファストレーザー) は、極めて短い持続時間 (フェムト秒かピコ秒オーダー) と高いピーク パワーのパルス波を出射する モードロックされたパルスレーザーです。フーリエ限界、即ちエネルギー対時間の不確定性により、時間的なパルス幅が短いと波長スペクトルの幅が広くなります。そのため、長いパルス波のレーザーに比べて、超短パルスレーザーの波長バンド幅はより広くなります (Figure 1)。超短パルスレーザーは、高エネルギー物理学やフェムト秒材料加工、レーザー分光を始めとする広範なアプリケーションに対して有益です1

Figure 1: 超短パルスレーザーの波長バンド幅の大きさは、1パルス当たりの時間の長さに逆比例する
Figure 1: 超短パルスレーザーの波長バンド幅の大きさは、パルス持続時間の長さに逆比例する

近年、超短パルスレーザーの誘起損傷は、研究で活発に取り上げられるテーマです。なぜなら、超短パルスレーザーの極めて短いパルス持続時間が、他のパルスレーザーとは異なる作用を光学薄膜や光学部品に与えるからです。一般的に、超短パルスレーザー照射後の薄膜コーティングの熱は、不平衡なエネルギー輸送から起こります。入射光子のエネルギーが基底状態の電子に吸収され、その後数フェムト秒以内に励起エネルギーが蓄積されます。この「ホットな」電子は、その後ピコ秒の時間スケールの光子–電子間散乱と光子–光子間 (光子間) 散乱を通じて元の基底状態に戻り、その際に薄膜材料内にエネルギーの再分布が行われます2, 3。光子–電子間散乱は、格子振動により引き起こされる電子波を関数にしたディストーションで表され、光子間散乱は格子内のその他の振動で誘起される格子振動で表されます (Figure 2)。

Figure 2: 光子–電子間散乱は、格子振動と電子間のエネルギー移動であり、電子の進行方向を格子内部にリダイレクトする。対する光子間散乱は、複数の格子振動の相互作用であり、新しい光子を作り出す
Figure 2: 光子–電子間散乱は、格子振動と電子間のエネルギー移動であり、電子の進行方向を格子内部にリダイレクトする。対する光子間散乱は、複数の格子振動の相互作用であり、新しい光子を作り出す

電子のフェルミ分布は電子格子の再分布より遥かに早いため、薄膜は2つの相互作用するサブシステム、即ち電子と光子の合成として説明することができます4。超短パルス励起に起因する温度上昇を知ることは、超短パルスレーザーのLIDTの理解に欠かせません。ホットキャリア緩和の力学は理論的に計算可能で、また試験対象オプティクスの光学特性の変化を時間の関数として測定する超高速ポンプ–プローブ分光法を用いることで実験的に検証可能です5, 6

超短パルスレーザー励起下の電子と格子の熱的挙動は、電子と格子のサブシステムが別々にかつ自然発生的に平衡に達すると仮定する2つの温度モデルを用いることで説明できます。超高速励起による理論的な温度上昇を求めるために、次式にあげる2つの熱容量の式が用いられます7

(1)$$ C_e \! \left( T_e \right) \frac{\partial T_e}{\partial T} = \nabla \left[ k_e \! \left( T_e \right) \nabla T_e \right] - G \left( T_e - T_l \right) + S \left( z, t \right) $$
(2)$$ C_l \! \left( T_l \right) \frac{\partial T_l}{\partial T} = G \left( T_e - T_l \right) $$
  • CeとClは電子サブシステムと格子サブシステムの熱容量
  • TeとTlは電子と格子の温度
  • keは電子の熱伝導率
  • Sは超短パルスレーザーのパルスによって生じ、時間 (t) とスペース (z) に依存する加熱項
  • Gは次式で与えられる電子格子のカップリング定数:
(3)$$ G = \frac{\pi ^2 m_e n_e c_s ^2}{6 \tau \! \left( T_e \right) T_e} $$
  • meは電子の有効質量
  • neは電子数密度
  • csはバルク材中の音速であり、体積弾性率 (B) 対比重 (ρm) の比の平方根で表される
  • τ(Te)は電子の緩和時間

式 1、2および3は、TlおよびTe を時間の関数として与えるために用いられます。Figure 3は、120µmのビーム径を持つ中心波長800nmの0.2J/cm2、10fsの超高速レーザーパルスを使用し、銅基板上に懸濁された200nm厚の金のナノフィルムへ照射した時のTl とTe の理論値を表したものです。この金のナノフィルムの厚さは、ナノフィルム内を通る光子的及び電子的深さよりも遥かに大きなものです。

Figure 3: 中心波長800nmの0.2J/cm<sub>2</sub> 10fsの超高速レーザーパルス励起により生じる電子 (赤) と格子 (青) の時間別温度推移。格子温度の上昇に起因する金のナノフィルムの加熱はレーザー誘起損傷の始まりとなる
Figure 3: 中心波長800nmの0.2J/cm2、10fsの超高速レーザーパルス励起により生じる電子 (赤) と格子 (青) の時間別温度推移。格子温度の上昇に起因する金のナノフィルムの加熱はレーザー誘起損傷の始まりとなる

電子温度は、極めて高い温度 (13,000K) に素早く到達します。その後、電子–格子間の平衡プロセスによって格子温度 (Tl) の増加につながり、約1,300Kの値に達します。格子温度 (Tl) は、金の溶融温度 (1,337K) と同じオーダーになります; フルエンスがわずか0.2 J/cm2 のこの相対的に弱い超高速パルスが、金の溶融点に到達するまでの格子温度になります。

非平衡な系の場合、光子-電子間散乱や光子間散乱を通じてそのエネルギーが散逸され、金のナノフィルムから周囲の銅基板へのエネルギー移動の遅延がエネルギーを更に散逸させます。格子温度は極めて高い温度にまで上昇し、薄膜フィルム内のレーザー誘起損傷を誘発する恐れがあります。レーザー励起の後に続く高速な再熱化を理解することは、超短パルスレーザーアプリケーション用の光学コーティングの設計と最適化にとり不可欠です。

超高速パルスの理論的影響は、超高速電子線回折などの超高速ポンププローブ分光を通じて実験的に実証することができます。超高速ポンプビームは、試験サンプルを励起するために用いられるのに対し、低パワープローブビームは非平衡状態によって引き起こされるサンプルからの電子回折の強度変化を監視します (Figure 4)。電子回折の強度変化は、ポンプ内のパルス到達からプローブビームまでの時間差の関数となり、電子-格子力学を表します8。こうした力学は、ナノフィルム加熱につながる励起電子の緩和経路を示します。

Figure 4: ポンプ–プローブ分光法で観察される回折強度変化が超短パルスレーザー励起により生じる不平衡なエネルギー輸送に直接的に関係する
Figure 4: ポンプ–プローブ分光法で観察される回折強度変化が超短パルスレーザー励起により生じる不平衡なエネルギー輸送に直接的に関係する

超短パルスレーザーによって引き起こされた回折強度の変化は、Debye–Waller効果で支配され、次式で与えられます:

(4)$$ \frac{I \! \left( t \right)}{I_0} = \exp{\left[ 2 s_{hkl}^2 \left( \frac{\langle u^2 \! \left( T_0 \right) \rangle - \langle u^2 \! \left( T_l \right) \rangle}{4} \right) \right]} $$
  • I(t)は時間tでの回折強度
  • I0は初期強度
  • T0は初期温度
  • u2 (T)は次式で与えられる原子の平均二乗変位
(5)$$ \langle u^2 \! \left( T \right) \rangle = \frac{3 \hslash ^2}{2 m k_B \theta_D } \left[ 1 + 4 \left( \frac{T}{\theta_D} \right)^2 \int_0^{\left( \frac{\theta_D}{T} \right)} \frac{x}{\exp{\left( x \right)} -1} \, \text{d} x \right] $$
  • ħは換算プランク定数、つまり2πで割り算されたプランク定数
  • mは単位セルの実効質量
  • kBはボルツマン定数
  • θDはDebye温度

式4式5は、異なるポンプ–プローブ時間遅延でのレーザー励起後に起こる回折強度の変化を表しています。回折強度変化は、プローブとポンプビームがオプティクスのコート面を照射しているのか、それともコーティングと基板の境界面を照射しているのかによっても変わってきます (Figure 5)。超高速励起後に平衡温度に到達するシステムの遅延時間は、超高速パルスの持続時間よりも遥かに長くなります。ナノフィルムの加熱はピコ秒スケールで行われ、超短パルスレーザー励起後の励起電子の平衡から生じます。

Figure 5: 超高速励起後の電子-光子散乱および光子間散乱に起因する回折強度変化:金のナノフィルム中に起こる場合 (青) と金のナノフィルムから銅基板へエネルギー転移する際の金と銅の境界面で起こる場合 (赤)
Figure 5: 超高速励起後の電子-光子散乱および光子間散乱に起因する回折強度変化:金のナノフィルム中に起こる場合 (青) と金のナノフィルムから銅基板へエネルギー転移する際の金と銅の境界面で起こる場合 (赤)

参考文献

  1. Mao, S. S. et al., “Dynamics of Femtosecond Laser Interactions with Dielectrics.” Appl. Phys. A 2004, 79, 1695.
  2. Jiang, L., and H. l. Tsai. “Energy Transport and Material Removal in Wide Bandgap Materials by a Femtosecond Laser Pulse.” International Journal of Heat and Mass Transfer, vol. 48, no. 3-4, 2005, pp. 487–499., doi:10.1016/j.ijheatmasstransfer.2004.09.016.
  3. Wellershoff, Sebastian S., et al. “The Role of Electron–Phonon Coupling in Femtosecond Laser Damage of Metals.” Appl. Phys. A, vol. 69, Dec. 1999, pp. 99–107.
  4. Shin, Taeho, et al. “Extended Two-Temperature Model for Ultrafast Thermal Response of Band Gap Materials upon Impulsive Optical Excitation.” The Journal of Chemical Physics, vol. 143, no. 19, 2015.
  5. Karam, Tony E, et al. “Enhanced Photothermal Effects and Excited-State Dynamics of Plasmonic Size-Controlled Gold–Silver–Gold Core–Shell–Shell Nanoparticles.” J. Phys. Chem, vol. 119, 17 July 2015, pp. 18573–18580., doi: 10.1021/acs.jpcc.5b05110.
  6. Heilpern, Tal, et al. “Determination of Hot Carrier Energy Distributions from Inversion of Ultrafast Pump-Probe Reflectivity Measurements.” Nature Communications, vol. 9, no. 1, Oct. 2018, doi:10.1038/s41467-018-04289-3.
  7. Hu, Jianbo, et al. “Ultrafast Lattice Dynamics of Single Crystal and Polycrystalline Gold Nanofilms☆.” Chemical Physics Letters, vol. 683, 2017, pp. 258–261., doi:10.1016/j.cplett.2017.04.021.
  8. Gedik, Nuh. “Techniques.” Gedik Group, Massachusetts Institute of Technology, 2013, web.mit.edu/gediklab/research.html
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